社会

81歳で逝去!久米宏が『ニュースステーション』で引き起こした報道の革命とは?

元TBSアナウンサーで、音楽番組「ザ・ベストテン」の司会や、テレビ朝日系「ニュースステーション」のキャスターとして広く知られた久米宏(くめ・ひろし)さんが、1日に肺がんのため亡くなった。81歳だった。所属事務所の「株式会社オフィス・トゥー・ワン」が13日、公式サイトで公表した。

公式サイトには「【訃報】久米宏逝去に関するお知らせ」と題した文書が掲載され、「令和8年1月1日、肺がんにより満81歳で永眠いたしました。謹んでご報告申し上げます」と伝えた。また、「生前に賜りました皆様からの温かいご支援に、本人も心より感謝しておりました」とコメントしている。

通夜および葬儀については、「ご遺族のご意向により、近親者のみで静かに執り行われました」と説明。「故人が生前に受けたご厚情に深く感謝するとともに、心より哀悼の意を表します」と結んだ。

久米さんは1944年、埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、1967年にTBSへ入社した。1975年から84年までクイズ番組「ぴったしカンカン」、1978年から89年まで放送された音楽番組「ザ・ベストテン」で司会を務め、日本を代表する人気アナウンサーとして活躍した。

1979年に「ザ・ベストテン」出演中にフリーへ転身。黒柳徹子さんとのテンポの良い掛け合いで、多くのスターや大物歌手から本音を引き出し、放送史・音楽史・芸能史に大きな足跡を残した。

1985年10月からは、テレビ朝日「ニュースステーション」のキャスターに就任。生放送でありながら率直な物言いと鋭い視点で時事問題を語り、ニュース番組を一つの完成されたショーとして成立させ、テレビ報道の新しい形を示した。2003年8月に、翌2004年3月での降板を発表した。

2006年10月には、TBSラジオで「久米宏 ラジオなんですけど」を開始。22年ぶりのラジオレギュラー番組となり、2020年6月まで14年間続いた。最終回では、「1970年に永六輔さんの番組で仕事を始めてからちょうど50年。半世紀、十分やりました。またいつか機会があれば」と語っていた。

2019年10月からは、「世界の多様な在り方に向き合い、自由に語る」をテーマに、インターネット番組「久米*ネット」を配信。2021年4月まで続けた。2023年10月には、自伝「久米宏です。」の文庫版を朝日文庫から刊行したが、公の場での活動はそれが最後となった。

以下、発表全文。

久米は、最後まで“らしさ”を通したと思います。

大好きなサイダーを一気に飲んだあと、旅立ちました。

まるでニュースステーションの最終回でビールを飲みほしたあの時のように。

自由な表現者として駆け抜けた日々に悔いはなかったと思います。

常に新しいことに挑み、純粋な心で世の中の疑問を見つめる人でした。

彼は若いスタッフが大好きでした。

楽しそうに他愛もない冗談を交わし合うひと時は、かけがえのない時間だった

に違いありません。

そして何よりも、多くの皆さまに向けて自分の思いを偽らずに発信できること

が、彼の最大のモチベーションでした。

本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

久米宏逝去のお知らせ

久米麗子

弊社所属久米宏は、令和8年1月1日、肺がんのため満81歳にて永眠いたし

ました。

ここに謹んでご報告申し上げます。

生前は、皆様より格別のご厚情とご支援を賜り、本人も深く感謝しており

ました。

通夜ならびに葬儀につきましては、ご遺族のご意向により、近親者にて静か

に執り行われましたことを併せてご報告申し上げます。

故人が生前に賜りましたご厚誼に対し、あらためて心より御礼申し上げ

ますとともに、ここに謹んで哀悼の意を表します。

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