衝突シミュレーションで探る氷衛星エウロパの構造
直接測ることが難しい天体の内側の構造を、天体衝突によって刻まれた地形から探ることができます。探査機で撮影された地形とコンピュータによる天体衝突シミュレーションによって、木星の衛星エウロパの表面を覆う氷の厚さと、その構造が明らかになりました。
エウロパは木星の衛星の一つであり、その表面が氷で覆われた氷殻となっています。氷殻の下には、液体の水でできた「内部海」があると考えられていて、生命が存在する可能性が高いと注目されています。この海での生命居住の可能性を考える上で、氷殻表面の物質と内部海の物質とがどのように循環しているのか、また、彗星(すいせい)のような突発的な外部由来物質が、氷殻を通して内部海に供給される可能性があるのか、などを理解する必要があります。これには、氷殻の厚さが重要な鍵となりますが、その厚さは直接計測できないため、クレーターなどの観測から得られる情報を用いて間接的に求めた氷殻の厚さについて議論が続いています。
これまでは、エウロパの表面にある小さなクレーターなどから、氷殻の厚さが見積もられてきました。しかし、氷殻が薄い場合と、厚い氷殻が硬い層ともろい層で構成されている場合とを区別することができないという問題点がありました。これに対し、パデュー大学(米国)の脇田茂(わきた しげる)研究員が率いる研究チームは、これまでの探査機で見つかった「多重リング盆地」と呼ばれる同心円状の構造を示す大きなクレーターに着目しました。この多重リング盆地の形成は氷殻の構造に強い影響を受けるため、その形成過程を解明することで氷殻の厚さに制限をつけられると考えたのです。
脇田研究員らの研究チームは、多重リング盆地を形成する氷殻の構造を明らかにするため、国立天文台が運用する「計算サーバ」と、数値衝突計算コード「iSALE」を用いた天体衝突シミュレーションを行いました。当初は1度のシミュレーションに1カ月ほどかかる見積もりでしたが、計算サーバなどの計算機を利用することによって、現実的な時間内に100通り以上の計算を試行することが可能となりました。
その結果、多重リング盆地の形成には硬い層(リソスフェア)ともろい層(アセノスフェア)の2層から成る、少なくとも厚さが20キロメートルの厚い氷殻が必要であることが分かりました。さらに、厚さが20キロメートル以上の氷殻の場合は、エウロパ表面の2つの多重リング盆地の観測結果とよく一致する結果を示しました。その一方、薄い氷殻を想定したシミュレーションでは、たとえもろい層があったとしても、多重リング盆地の観測結果を再現することができませんでした。多重リング盆地に着目したことで、氷の厚さと構造の情報を得ることができたのです。
シミュレーションを行った脇田研究員は、次のように述べています。
「今回の研究では、氷の厚さの下限値を決めることはできましたが、上限値は決められていません。探査機による観測、特に、米国航空宇宙局(NASA)が2024年10月に打ち上げる予定の「エウロパ・クリッパー」は、これを解決できる可能性があります。多重リング盆地を観測する際、今回の研究で得られた厚い氷を念頭に置くと、氷の厚さだけでなく、内部海の深さの情報も得られるかもしれません。そうすることでよりエウロパでの生命居住の可能性を明確にできると思います」。
クレジット:「国立天文台」NAOJ