J&Jと“隠れ著者” 1977年タルク安全性論文、利害関係の隠蔽でランセットが異例の撤回
英医学誌 Lancet「ランセット」は、ベビーパウダーなどに使われるタルクの安全性をめぐり、1977年に掲載した無署名の論説を、約半世紀ぶりに撤回した。
編集部は、当時の著者がジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)から報酬を受け取っていた事実を把握しておらず、重大な利益相反の隠蔽にあたると判断した。
問題となった論説は、石綿(アスベスト)を含むタルクが健康リスクをもたらすとの懸念を退け、化粧用タルク製品に対する規制当局の検査強化に反対する内容だった。
当時のランセットでは無署名が慣例だったが、後に訴訟資料を調査した公衆衛生史の研究者らが、論説を執筆したのはがん研究者のフランシス・J・C・ローであり、原稿は事前にJ&J側と共有されていたと指摘した。
研究者らが見つけた書簡によると、ローは1977年、J&Jのメディカル・アフェアーズ担当ディレクターだったギャビン・ヒルディック=スミスに草稿を送り、同社側の「二つのポイント」を反映させたと報告していた。
ランセット編集部は声明で「著者のJ&Jとの関係は、現在の基準から見て明白な出版倫理の違反だ。当時こうした利害関係が分かっていれば、この論説は掲載しなかった」と述べている。
これに対しJ&Jは、今回の撤回を「進行中の訴訟戦略の一部であり、不当なイメージ操作だ」と強く反発している。
同社は、1977年当時は利益相反の開示ルールが現行のように整備されておらず、「原告側代理人が訴訟ありきの物語を作り上げ、学術誌が利用されている」と批判した。
製品訴訟を専門とする弁護士の中には、今回の動きは広報的な意味合いが強いとの見方もある。
ある弁護士は専門メディアに対し、「50年前の無署名の論説が、現在の法廷で決定的な証拠として重視されることはほとんどないだろう」とコメントしている。
それでも今回の撤回は、J&Jをめぐるタルク関連訴訟の長い歴史に新たな一章を加えるものだ。
今月、米カリフォルニア州ロサンゼルス郡の裁判所では、メソテリオーマ(悪性中皮腫)で死亡した女性の遺族がJ&Jを訴えた裁判で、陪審が下した9億5,000万ドルの懲罰的損害賠償が裁判官により取り消され、一方で1,600万ドルの補償的損害賠償は維持される判断が示された。
J&Jは、タルク製品とがんとの因果関係を一貫して否定しているが、米国内では依然として数万件規模のタルク関連訴訟を抱えている。
今回のランセット論説撤回をめぐる議論は、法廷だけでなく、企業と医学雑誌の関係、そして過去のエビデンスをいかに検証し直すべきかという、より広い問題にも波及しつつある。
